認知症は誰でもかかる可能性がある病気であり、認知症が発症してしまうと様々な税金に対して大きな影響を与えることになります。また、認知症が発症することで相続トラブルが発生したり、相続税対策が行えなくなったりしてしまいますので、認知症が発症する前からの対策が必要になります。
ここでは、「認知症による税金のトラブルと対策方法」についてわかりやすく解説します。
目次
親に認知症が発生すると、在宅介護にかかるデイサービスなどの介護サービス費用や医療費、介護用品の購入、介護リフォーム費用など、様々な支出が発生します。在宅介護が難しく介護施設に入所する場合についても入居金や月額費用などの支出が必要になります。
介護にかかる費用を用意するために、親が持っている不動産の売却を検討する方もいると思いますが、認知症の人の名義の不動産を売却することはできません。軽い認知症で判断能力があると認められる場合には不動産の売却ができるケースもありますが、判断能力が認められないケースでは、子が代わりに不動産を売却することはできません。そのため、認知症になる前の対策が必要です。
もし、売却を行いたい不動産が自宅であった場合、認知症でなければ売却をすることができ、居住用3,000万円控除の特例により所得税の負担を抑えることができます。しかし、認知症が発生すると、自宅の売却そのものができません。
その後、親が亡くなり、別居していた子が相続後に親の自宅の売却を行った場合には、居住用3,000万円控除を利用することができません。空き家3,000万円控除の適用を受けることができる可能性がありますが、空き家3,000万円控除は要件が厳しくなっています。
生前に子が親と同居しており、子が親の自宅を相続して売却する場合には、居住用3,000万円控除の特例を利用することが可能です。
居住用3,000万円控除と空き家3,000万円控除については【居住用3,000万円or空き家3,000万円】自宅の売却に関する特例を解説!で詳しく紹介していますので、ぜひご覧ください。
親が認知症を発症すると「お金の管理」に関するトラブルが発生します。認知症とお金の問題は、預金の使い込みや金融機関の対応、相続税対策への影響など、実に様々です。
認知症により正常な判断ができなくなると、財産の管理を任された相続人がお金を使い込んでしまったり、詐欺にあってしまったりする可能性があります。そのため、金融機関では認知症の人の預金口座を凍結します。
預金口座が凍結されると家族であっても代わりにお金を引き出すことはできません。年金が振り込まれている預金が凍結されると、親の生活費や介護費用などの負担が重くなってしまいます。年金の振込口座は本人名義の口座に限られているため、振込口座を子の預金口座に変更することはできません。
預金口座が凍結されていない場合であっても、認知症が原因で相続発生時にトラブルになることがあります。その代表的なものに「名義預金」です。名義預金とは、口座名義人と実際にお金を管理している人が異なる預金口座のことを言います。
親が認知症の場合、子が代わりにお金の管理を行っていると、相続時に「子が親のお金を使い込んでいたのではないか」と税務調査で指摘されることもあります。もし、子が親のためにお金を使ったことを証明することができなければ、名義預金として相続財産に加算され、追加の相続税が発生します。
相続税対策には様々な方法がありますが、認知症になってしまうと「意思決定能力がない」とみなされ、ほぼすべての相続税対策ができなくなってしまいます。
代表的なところでは、認知症になってしまうと「生前贈与」を行うことができません。贈与契約は「あげましょう・もらいましょう」という贈与を行う側ともらう側の意思表示を行うことにより成立します。贈与する人に意思決定能力がない場合は、贈与契約は成立しません。
他にも、生命保険を利用した相続税対策や孫養子による相続税対策などについても意思決定能力がなければ行うことはできません。
認知症が発症すると相続税対策だけではなく遺言することもできません。遺言書を作成するためには「意思決定能力」が必要です。認知症の人が遺言書を作成したとしても「遺言書によりどのような結果が生じるか判断できない状況だった」と裁判所より認定され、遺言書が無効になってしまうこともあります。
また、認知症の疑いがある中で遺言書を作成すると相続人の間でトラブルに発展してしまう可能性があります。相続人の中には「遺言書を作成した時は既に認知症が発生していたのではないか」と疑念を抱き、遺言無効の訴え(遺言無効確認訴訟)を起こし、相続人の間で争いが発生してしまいかねません。
認知症が発症してしまうと多くの税金やお金の問題が発生します。一度発症してしまうと思うように相続税対策を行うことができません。相続税対策を行うためには、認知症が発症する前から早めに次のような対策を行うことが重要です。
相続税対策を行う際に必ず必要なことが「財産の棚卸」です。今現在、どのような財産を保有しており、このままではどれくらいの相続税が発生するのかを把握しなければ相続税対策の方向性を決めることはできません。元気なうちから財産の棚卸を行うことが相続税対策の第一歩です。
認知症になってしまうと自分の気持ちを明確に示すことが難しくなります。また、認知症の発生後に遺言書を作成すると無効になってしまうおそれがあります。そうならないように、元気なうちから自分に意思を明確にした遺言書を遺すことで、相続後の相続人同士のトラブルを防ぐことができます。
また、認知症発生後の介護や終末期医療、葬儀についての希望などを伝えておく、または親族が希望を聞いておくことで円満な相続を迎えることができるでしょう。
生前贈与には意思決定能力が必要なため、認知症が発症してから行うことはできません。元気なうちに早めから生前贈与を行っておくことで相続税対策を行うことが可能です。
ただし、近年の相続税と贈与税については税制改正が多く、生前贈与の方法(暦年課税または相続時精算課税)によって相続税対策の効果が異なります。生前贈与を検討されている場合は、早めに私ども税理士にご相談ください。
認知症などで意思決定能力がなく法律行為が行えなくなった際に、本人に代わって法律行為をサポートする「任意後見制度」を利用する方法があります。
後見制度には「法定後見制度」と「任意後見制度」の2種類があり、法定後見制度は認知症発症後に家庭裁判所が後見人を選定するのに対し、任意後見制度は認知症が発症する前に本人の意思で後見人を決定する方法です。
認知症になる前に任意後見人を決定しておくことで、認知症が発症した後でも不動産の売却などが可能になります。ただし、自宅などの居住用不動産を売却する際には、家庭裁判所の許可が必要になります。
認知症が発症してしまうと不動産の売却や相続税対策が難しくなりますので、認知症が発症する前に専門家へ相談しましょう。認知症発症前だと簡単にできた対策であっても、認知症が発症するとできなくなってしまう対策が多くあります。早めに専門家に相談し、より良い方法を検討するといいでしょう。
どんな対策を行う場合でも「親の気持ちに寄り添った対策」を一番に考えましょう。家族一丸となり、親の気持ちに寄り添った対策を行うことは、相続発生後の円満な相続にも繋がります。まずは、親がどのようなことを考えているのかをよく伺うことが認知症対策の第一歩になるのではないでしょうか。
監修者情報
この記事の執筆者:渡邉 優
「渡邉優税理士事務所」代表。相続の中でも“不動産にお困りごとを抱える相続”の対応を得意としている。