生前贈与を利用した相続税対策はもっともポピュラーであり、始めやすい生前対策です。しかし、令和5年度税制改正により、生前贈与を利用した相続税対策が大きな転換点を迎えようとしています。
税制改正により「相続時精算課税制度に創設される基礎控除」と「暦年課税の加算期間の延長」が行われ、生前贈与の仕組みが大きく変化します。中でも、相続時精算課税制度での生前贈与を利用した対策が相続税対策のカギになると予測されます。
ここでは、これからの生前対策で注目される「新しい相続時精算課税制度」について解説します。相続税対策を検討されている方はぜひ最後までお付き合いください。
目次
贈与には大きく区分すると「暦年課税」と「相続時精算課税制度」の2つの贈与税の課税方法があります。原則的には暦年課税が適用されることになり、税務署に届出書を提出することで相続時精算課税制度を選択することができます。
相続時精算課税制度とは「2,500万円まで非課税で生前贈与ができる制度」です。非課税になった生前贈与は、贈与者が亡くなった時(相続時)に相続財産に加算(精算)して相続税の計算を行います。
相続時精算課税を選択すると、贈与時の税負担を抑えることができる一方で、相続時の税負担が増えることになります。つまり、相続時精算課税制度とは、贈与税の課税を相続時まで課税を先送りする制度であると言えます。
相続時精算課税制度を利用するためには、次の贈与者(財産をあげる人)と受贈者(財産をもらう人)の要件を満たし、贈与を受けた年の翌年の2月1日から3月15日までの間に「相続時精算課税選択届出書」を税務署に提出する必要があります。
・贈与者
贈与をした年の1月1日において60歳以上の受贈者の父母、祖父母
・受贈者
贈与を受けた年の1月1日において18歳以上であり、贈与者の直系卑属(子や孫)である推定相続人または孫
相続時精算課税制度の対象になる財産の種類や贈与回数に制限はありません。相続時精算課税選択届出書を提出した贈与者と受贈者間の贈与財産の累計が2,500万円に達するまでは贈与税が非課税になりますが、2,500万円を超えた場合には、超えた部分について一律20%が課税されます。
例えば、相続時精算課税制度を選択し、令和3年に2,000万円、令和4年に1,000万円を贈与した場合は贈与財産の累計が3,000万円となり2,500万円を超えてしまいます。このケースでは、2,500万円を超えた500万円に対し20%の贈与税が課税され、100万円を納付しなければなりません。そして、相続が発生した時には、相続財産に3,000万円を加算して、相続税の計算することになります。納付済みの贈与税100万円は、相続税から控除することができます。
相続時精算課税制度を選択するメリットは2,500万円まで非課税で贈与することができる点です。暦年課税では、基礎控除110万円を超えると贈与税が発生するため、一度に多額の財産を移転させると高額な贈与税が発生してしまいますが、相続時精算課税制度を選択することで贈与税の負担を一時的に抑えることが可能です。
賃貸マンションなどの収益が発生する財産を所有している場合、賃料収入が蓄積されて相続財産が増加していくことになります。こういった収益物件について、相続時精算課税制度を利用して早めに生前贈与を行うことで、財産の増加を防ぐことができ、相続税の負担を軽減することができます。
また、相続時精算課税制度を利用した場合、相続時に加算される贈与の額は「贈与時の価額」です。中小企業の株式(非上場株)や開発が見込まれている土地など、将来的な値上がりが予想される財産がある場合、値上がり前に相続時精算課税制度を利用して贈与することで相続税対策を行うことができます。
相続時精算課税制度の一番のデメリットは「一度選択すると暦年課税に戻ることはできない」ことです。この制度は取消し不可で自動継続になるため、利用する場合には十分に制度の内容を理解して行わなければなりません。
よくある失敗例として、相続時精算課税制度を選択し贈与を行った翌年に暦年課税の基礎控除があると勘違いし110万円を贈与してしまうケースです。この場合、110万円の贈与は相続時精算課税制度の対象になり、相続時に加算されることになります。
ただし、令和5年度税制改正により相続時精算課税制度に基礎控除が創設されるため、改正後にこのような失敗が発生することはなくなります。詳しくは後述する「新しい相続時精算課税制度」をご覧ください。
相続時精算課税制度を選択すると、数万円程度の少額な贈与を受けた場合であっても期限内に相続税の申告が必要になります。
ただし、こちらも税制改正による相続時精算課税制度の基礎控除創設により、少額な贈与を申告する必要はなくなります。
相続税の計算では、要件を満たすことで宅地等の相続税評価額を最大で80%減額できる「小規模宅地等の特例」があります。相続時精算課税制度を選択して宅地等を贈与した場合には、その宅地等について小規模宅地等の特例を利用することはできません。
小規模宅地等の特例については【土地の評価を最大で80%減額】小規模宅地等の特例をわかりやすく解説!をご覧ください。
ここまで従来の相続時精算課税制度についてご紹介しましたが、ここからは令和5年度税制改正で変化する「新しい相続時精算課税制度」について解説します。新しい相続時精算課税制度には「従来の相続時精算課税制度に基礎控除が創設」されます。
令和6年(2024年)1月1日より、相続時精算課税制度に「年間110万円の基礎控除」が創設されます。従来の相続時精算課税制度では、贈与した全額が相続財産へ加算されていましたが、改正後は年間110万円以下の部分については加算する必要がなくなります。
また、相続時精算課税制度を選択すると少額でも贈与税の申告が必要でしたが、改正により年間110万円以下の贈与であれば贈与税申告も必要ありません。
税制改正による相続時精算課税制度の変化
・贈与税がかからない⇨年間110万円以下の贈与であれば贈与税がかからない
・贈与税の申告が必要ない⇨年間110万円以下の贈与であれば贈与税の申告は必要ない
・相続税がかからない⇨年間110万円以下の部分は相続時に加算する必要がないため相続税がかからない
相続時精算課税制度の基礎控除創設は、納税者にとって大きなメリットになります。相続時精算課税制度を選択し、2,500万円までの財産を一度に贈与し、その後は年間110万円の基礎控除内で贈与を行うことができるため、従来の相続時精算課税制度と暦年贈与をミックスしたような相続税対策が可能になります。
ただし、改正後も一度相続時精算課税制度を選択すると暦年課税に戻ることはできませんので十分な検討が必要です。
令和5年度税制改正では暦年課税についても改正が行われています。暦年課税には相続開始前に行われた贈与についてはなかったものとみなす「生前贈与加算」という制度があります。現行では生前贈与を加算する期間は3年ですが、税制改正により段階的に7年に延長されます。
改正後の相続税の計算では、亡くなる前7年以内に贈与した財産を全て相続財産に加算して計算することになりますので、ケースによっては相続税が大きく増加してしまうこともあります。この生前贈与加算期間の延長は納税者にとって不利な改正になっています。
改正前は相続時精算課税制度のメリットが少なかったため、特定の人にしか相続時精算課税制度は選択されてきませんでした。
しかし、改正により基礎控除の創設と暦年課税の生前贈与加算期間の延長が行われることで、相続時精算課税制度を選択した方が暦年課税よりも有利になるケースが多くなると思われます。
特に次のようなケースでは相続時精算課税制度を選択した方が有利になると考えられます。
年間110万円以下の贈与を毎年行う場合は相続時精算課税制度を選択した方が有利になります。相続時精算課税制度では基礎控除の創設により年110万円までは相続財産に加算されることなく財産を贈与することができます。
一方、暦年課税では年110万円以下の贈与であって7年間の生前贈与加算が行われ、相続財産に加算されてしまいます。
年間110万円を超える贈与であっても短い年数で贈与を行う場合(贈与者が高齢の場合など)は相続時精算課税制度を選択した方が有利になります。これは暦年課税の7年間の生前贈与加算が影響するためです。
10年を超えるような長い期間にわたって贈与を行う場合には、暦年課税において生前贈与加算する必要がない贈与が多くなるため、暦年課税が有利になるケースもあります。
・相続時精算課税制度の特徴
基礎控除額を超えて毎年贈与を行う場合、相続財産に加算する額が贈与年数に比例して増加する
・暦年贈与の特徴
相続開始日より7年以上の贈与は生前贈与加算する必要がないため、相続財産を減少させる効果がある
相続時精算課税制度を選択すると暦年課税に戻ることはできませんが、暦年課税から相続時精算課税制度に途中から変更することは可能です。贈与者が高齢でないうちは暦年課税で贈与を行い、贈与者が高齢化した際に相続時精算課税制度へ切り替えることも選択肢の1つとして考えられます。
令和5年度税制改正により、相続時精算課税制度の使いやすさが大きく向上すると予測されます。しかし、贈与者の財産の種類や金額、年齢などの状況によりその方にとって最適な生前対策は異なります。
生前対策を行うには、私ども相続税の専門家にご相談いただき、シミュレーションを行うことが重要です。生前贈与は税制改正により、さらに複雑になっていますので、ぜひ生前対策を検討される際は当事務所までご相談ください。
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この記事の執筆者:渡邉 優
「渡邉優税理士事務所」代表。相続の中でも“不動産にお困りごとを抱える相続”の対応を得意としている。