実家の相続放棄は家庭裁判所への申述で可能ですが、「実家だけ手放し預貯金は相続する」一部放棄は認められません。原則3か月以内の手続きが必要で、遺産を処分したり、故人の預貯金を自分のために使用したりすると、「法定単純承認」に当たり、相続放棄が認められなくなる可能性があります。
2023年の民法改正で、放棄時に実家を占有している場合は保存義務が残ることも明確化されました。本記事では手続き・注意点から、放棄以外の選択肢との比較まで解説します。
※本記事は一般的な解説です。個別の判断は弁護士・司法書士等の専門家にご相談ください。
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「実家はいらないから相続放棄したい」と考える方は少なくありません。しかし、相続放棄は想像以上に厳格な制度です。まずは、手続きを検討する前に必ず知っておくべき3つの大前提を確認しましょう。
相続放棄とは、家庭裁判所に申述することで、被相続人のプラスの財産(実家・預貯金など)もマイナスの財産(借金・未払い税金など)も、原則として相続によって受け継がなくなる手続きです(民法939条)。
したがって、「実家は不要だが、預貯金だけは相続したい」「借金は放棄するが、株式は引き継ぎたい」といった一部だけを選んで放棄することは法律上認められていません。
ここで混同されやすいのが「遺産分割協議」です。兄弟間で「兄が実家を取得し、弟は預貯金を取る」と取り決めるのは「遺産分割」であり、法的な「相続放棄」とはまったく別物です。遺産分割であれば、特定の財産を引き継がない選択も可能ですが、相続放棄は家庭裁判所への正式な申述が必要であり、受理されると、原則として被相続人の財産を相続によって受け継ぐことができなくなります。
相続放棄の手続きは、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述しなければなりません(民法915条1項)。
ここで重要なのは、起算点が「被相続人の死亡日」ではなく、「自己のために相続の開始があったことを知った時」であるという点です。たとえば、先順位の相続人(子ども全員)が相続放棄をしたことで、次順位である被相続人の兄弟姉妹に相続権が移行した場合、その兄弟姉妹の熟慮期間は「自己のために相続の開始があったことを知った時」から起算されます。
財産や負債の全体像を調査するのに時間がかかり、3か月では判断が難しい場合は、期間満了前に家庭裁判所へ「熟慮期間の伸長(延長)」を申し立てることが可能です。ただし、期間を過ぎてから申立てをしても認められないため、早めの対応が不可欠です。
相続放棄をした人は「初めから相続人ではなかった」ものとみなされます(民法939条)。そのため、放棄者の子どもへの代襲相続は発生しません。
先順位の相続人が全員相続放棄をすると、次順位の親族が相続人となります。
| 順位 | 相続人 |
|---|---|
| 第1順位 | 子ども・代襲相続人 |
| 第2順位 | 直系尊属 |
| 第3順位 | 兄弟姉妹・代襲相続人 |
たとえば、亡くなった親の子ども全員が相続放棄をすると、次に親の両親(祖父母)に相続権が移ります。祖父母も放棄すれば、さらに親の兄弟姉妹へと移行します。
事前に次順位の親族へ説明しておくことが大切です。 特に、被相続人に借金があった場合、何の連絡もなく突然督促が届くという事態になりかねません。放棄を決めたら、次順位の方にも放棄の検討が必要になることを知らせておきましょう。
「実家を相続放棄したほうがよいのだろうか」と悩んでいる方のために、放棄を検討するきっかけになりやすい状況と、判断に必要な視点を整理します。
相続放棄が選択肢に上がりやすいのは、主に以下のような状況です。
| 状況 | 典型的な悩み |
|---|---|
| ①被相続人に借金・債務がある(または疑いがある) | 遺産のプラスよりマイナスが大きいかもしれない。引き継ぐと返済義務を負うのが怖い |
| ②実家が遠方・老朽化で管理が困難 | 住む予定がなく、固定資産税・修繕費・草刈り・近隣対応の負担が続くのが不安 |
| ③他の相続人とのトラブルを避けたい | 遺産分割の話し合いに関わりたくない。揉める前に離脱したい |
上記の状況に当てはまるからといって、即座に放棄を決断するのは危険です。以下の3ステップで財産の全体像を把握しましょう。
ステップ1:プラスとマイナスの棚卸し
預貯金・有価証券・生命保険金(受取人指定のものは放棄しても受け取れる)・不動産の市場価値と、借金・未払い税金・保証債務を一覧にし、遺産全体がプラスかマイナスかを概算します。
ステップ2:放棄以外の選択肢との比較
本記事の後半で解説する「相続土地国庫帰属制度」や「空き家特例を活用した売却」を使えば、預貯金は受け取りつつ実家だけを手放せる可能性があります。放棄するとすべての財産を失うため、他の手段で解決できないかを先に検討することが重要です。
ステップ3:3か月の期限に注意しつつ専門家に相談
財産調査に時間がかかる場合は、熟慮期間の伸長を家庭裁判所に申し立てたうえで、弁護士・司法書士・税理士に相談し、放棄が最善かどうかの判断を仰ぎましょう。
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相続放棄を考えているにもかかわらず、うっかり遺産に手を付けてしまうと、法律上「相続を承認した(=すべての遺産を引き継ぐ意思がある)」とみなされ、もはや放棄ができなくなります。これが「法定単純承認」(民法921条)と呼ばれる制度です。以下の2つのケースは特に注意が必要です。実家の相続で避けるべき行動の全体像については、以下の記事も併せてご覧ください。
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「親の遺品を整理しただけで放棄できなくなるのか」という不安を抱く方は多いでしょう。判例上の判断基準は、その品に「一般経済価額(市場価値)があるかどうか」です。
経済的価値がないものの持ち帰り → 処分にあたらない
経済的価値のない写真・手紙・古着などの持ち帰りは、「相続財産の処分」にはあたらないとされています(東京高裁昭和37年7月19日決定等)。
高価な品の持ち帰り → 「隠匿」として放棄の効力を否定される可能性
一方で、新品同様のスーツ・毛皮のコート・靴100足等を持ち帰った行為は、「相続財産の隠匿」に該当するとして放棄の効力が否定された裁判例があります(東京地裁平成12年3月21日判決)。
迷ったら遺産には一切手を付けず、専門家に相談するのが鉄則です。
故人の預貯金を引き出して自分のために使用することは、法定単純承認にあたるリスクが極めて高い行為です。
一方で、葬儀費用については、社会通念上、身分相応な葬儀費用を相続財産から支払うことは「処分」にあたらないとした裁判例があります(大阪高裁昭和54年3月22日決定)。ただし、過度に高額な葬儀を相続財産から支出した場合は、法定単純承認に該当するリスクがあります。また、個々の事情によって判断が分かれる可能性があるため、相続放棄を検討している場合は、自己判断で相続財産を使用しないほうが安全です。
最も安全な方法は、葬儀費用も含めすべて自分の財布から立て替え払いし、領収書を保管しておくことです。相続放棄が受理された後に、相続財産清算人を通じて精算する道が残されます。
「相続放棄をすれば実家とは完全に無関係になれる」──これは多くの方が抱く誤解です。2023年(令和5年)4月1日施行の民法改正により、相続放棄後の保存義務のルールが明確化されました。
改正後の民法940条1項では、相続放棄をした者のうち、放棄の時にその相続財産を「現に占有」していた人に限り、次の管理者(次順位の相続人や相続財産清算人)に引き渡すまで、保存義務を負うことが明文化されました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象者 | 放棄時に相続財産を「現に占有」していた人に限定 |
| 占有の意味 | 同居・鍵の独占管理・定期的な立ち入りなど、事実上支配している客観的状態 |
| 義務の内容 | 自己の財産と同一の注意での保存(現状維持の必要最小限の義務。積極的な補強工事等は不要) |
| 義務の終了 | 次順位の相続人または相続財産清算人に引き渡したとき |
| 占有していない場合 | 実家を離れて久しく占有していない人は保存義務を負わない |
| 経過措置 | なし(改正前の相続・放棄にも適用) |
つまり、実家から離れて暮らしており、その財産について現に占有していなかった場合は、相続放棄後に保存義務を負いません。一方、放棄時に実家に住んでいた(同居していた)場合は、放棄しただけでは義務から解放されない点に注意が必要です。
保存義務の相手方は「他の相続人等」であり、国の見解では第三者に対する直接の義務ではないとされています。
しかし、保存義務の有無とは別に、占有している実家を放置して倒壊・火災が発生し隣家に損害を与えた場合は、民法717条(土地工作物責任)や民法709条(不法行為)による損害賠償責任を個人として追及されるリスクがあります。保存義務を負う状態は早期に解消することを強く推奨します。
次順位の相続人がいれば、その人に引き渡すことで保存義務は終了します。しかし、全員が相続放棄して引き渡す相手がいなくなった場合などには、利害関係人等が家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てることがあります。
相続財産清算人の選任では、事案によっては清算人の報酬や管理費用などに充てるための予納金を求められることがあります。金額は事案によって異なるため、事前に家庭裁判所へ確認しましょう。
費用対効果を慎重に検討し、「放棄+清算人選任」と「相続して売却・国庫帰属制度の利用」のどちらが合理的か、専門家と相談したうえで判断することをおすすめします。
「実家はいらないが、預貯金や他の財産はきちんと受け取りたい」──そう考えるなら、相続放棄以外の選択肢も検討すべきです。以下の3つのアプローチを比較してみましょう。
| 比較項目 | ① 相続放棄 | ② 相続土地国庫帰属制度 | ③ 空き家特例を活用した売却 |
|---|---|---|---|
| 手放す範囲 | すべての遺産を一括放棄 | いらない土地のみ手放す(預貯金は取得可能) | 実家を売却(売却代金を取得) |
| 建物の要件 | 建物が建った状態で放棄可能 | 建物があると申請不可(自費で解体が必要) | 2024年改正で買主側解体でも特例適用可に |
| 期間制限 | 3か月以内 | 短期の期限なし | 相続開始から3年経過する年の12月31日まで※ |
| 親族への影響 | 次順位の親族に相続権が移行 | 申請者本人で完結 | 共同相続人の同意で完結 |
2023年4月にスタートした「相続土地国庫帰属制度」は、相続放棄とは異なり、預貯金など他の財産は取得しつつ、「いらない土地だけ」を国に返還できる制度です。なお、相続土地国庫帰属制度は、空き家を建物付きのまま国に引き取ってもらう制度ではありません。建物がある土地は対象外となるため、原則として建物を解体してから申請する必要があります。
また、利用にはいくつかの条件があります。
この制度で国庫に帰属される土地は再利活用を目的とするため、民間の不動産事業者で出口が見つからない土地は国も引き取ってくれない可能性が高いと考えておいた方が無難です。また、建物の解体費用などを含めると、数百万円規模の費用がかかることもあるため、「本当に引き取ってもらえるか」を法務局に事前相談したうえで、費用対効果を慎重に見極めることが重要です。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
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実家に一定の買い手がつく見込みがある場合、売却して現金化するのが最も経済合理性の高い選択肢です。
「空き家特例(被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除の特例)」を利用すると、一定の要件を満たす場合に、売却益(譲渡所得)から最大3,000万円を控除できます(ただし、2024年以降、共同相続人が3人以上の場合は各自の控除上限が2,000万円に縮小されます)。
また、2024年の改正により、従来は売主が事前に解体・耐震改修を完了させる必要がありましたが、買主が譲渡翌年の2月15日までに解体または耐震改修を完了する場合にも特例の適用が可能になりました。
相続放棄をせず、実家を相続して売却し、一定の要件を満たして空き家特例を利用できれば、預貯金を相続しつつ、実家を売却して得た代金も取得できます。
※制度の適用期限は今後変更される可能性があります。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
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できません。相続放棄は預貯金も含めた全財産を一括で手放す手続きです。実家だけを手放したい場合は、相続したうえで「相続土地国庫帰属制度」や売却を検討する必要があります。
経済的価値のない写真・手紙・古着の持ち帰りは、相続財産の処分にはあたらないとされています(東京高裁昭和37年7月19日決定等)。しかし、高価な品を持ち帰ったり、故人の口座から預貯金を引き出して使用したりすると「法定単純承認」となり放棄が不可能になるリスクがあります。迷ったら遺産に手を付けず専門家に相談してください。
契約上の受取人として指定されている場合、原則として生命保険金は相続放棄をしても受け取れます。生命保険金は受取人の「固有財産」であり遺産ではないためです。ただし、税法上「500万円×法定相続人の数」で算出される生命保険金の非課税枠は放棄者には適用されず、受け取った保険金の全額が相続税の課税対象となる点に注意が必要です。
2023年の民法改正により、放棄時に実家を「現に占有」していた人は、次の管理者に引き渡すまで保存義務を負い続けます。ただし、実家を離れて久しく占有していない人は保存義務を負いません。
当事務所では、相続放棄の判断や相続税との関係について初回無料でご相談を承っております。放棄手続きは提携の司法書士をご紹介いたします。
実家の相続放棄を検討するには、次の3つのポイントを整理しましょう。
実家の相続放棄は期限もあり、検討すべきことが多くあります。少しでも不安がある場合は、早めに相続不動産に強い専門家にご相談ください。
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